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大阪高等裁判所 昭和36年(ラ)199号 決定

抗告人 岩橋紀夫

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告の理由は、別紙のとおりである。

同第一点について。

競売期日の公告に賃貸借に関する事項を掲載させる趣旨は、競買申出人にその対抗を受けるべき賃貸借の内容を了知させ、競買申出価格決定の資料とさせるためであつて、公告に掲載すべき賃貸借を掲載しなかつたとしても、債務者または物件所有者としてはこれにより損失をこうむることはないから、このような事由は競落許可決定に対する抗告の理由とはなしえないと解すべきである。もつとも、かかる場合に、後日競落人より民法五六八条にもとづき契約の解除または損害賠償の請求がなされるかも知れないが、これらの権利を行使するか否かは競落人の選択すべきところであつて、契約解除の有無未定の間に、あらかじめ債務者または所有者の側から競落許可決定を争わせ、契約解除があつたと同様の効果を生ぜしめる利益はなにもない。また、損害賠償の請求を受けるのは、債務者が賃貸借の存在を知つてこれを申し出なかつたときに限るから(民法五六八条三項)、賃貸借の存在を知つていた債務者または所有者としては、おそくとも競売期日における競買申出のときまでに、その事実を競売裁判所に申し出ることにより損害賠償責任を免れる措置を講じておくべきであつて、かかる措置を講ずることなく自己の過失により競落人に損害を与えた以上これを賠償する義務があることはむしろ当然であつて、そのことを把えて、「競落許可決定により損失をこうむるもの」というべき筋合ではない。したがつて、抗告の理由第一点は、その主張自体理由がない。

同第二点について。

競売期日において、代理人として競買の申出をなし最高価競買申出人となつた者が、委任状等代理権を証すべき書面を提出しなかつた場合でも、本人に対し競落許可決定がなされれば、競落の効果は一応その本人に及ぶのであつて、かりにそれが無権代理であつたとしても、授権の欠缺を主張して競落の効果を争うか、明示または默示の追認により競落の効果を享受するかは、もつぱらその本人の利害に関するところで、債務者または所有者はこれによりなんら損失をこうむるものではないから、これをもつて競落許可の決定に対する抗告の理由となすことはできない。のみならず、本件記録によれば、株式会社興紀相互銀行の代表者と称して、本件競売期日に出頭し競買申出をなし最高価競買申出人となつた同銀行行員鎌田八郎は、あらかじめ同銀行代表者より右競買申出につき代理権を授与されていた事実を窺うに充分であるから、抗告人の主張は理由がない。

ほかに、原決定を取り消すべき事由は発見できないから、本件抗告を失当として棄却し、抗告費用につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 亀井左取 杉山克彦 下出義明)

抗告理由

第一点本件競落許可決定を与へられた競売手続たる競売期日の公告には民事訴訟法第六百五十八条競売法第二十九条所定の要件を記載せなければならないのに不拘その記載要件を欠如せる違法があつて本件競落は許さるべきものでない。

即ち本件競売の目的物件に付ては競売申立以前から福田英雄岡本守正に対し同人等が共同にて東和製パンと称して製パン業を経営するため期限の定めを為さず一ケ月の賃料壱千六百円賃料支払期毎月末日限りの約にて賃貸し来たりたるところにして其後同人等が右製パン事業に付て会社組織となし昭和三十五年七月一日有限会社東和製パンを設立したので引続き同会社に継承賃貸し来りある建物なるに不拘本件競売期日の公告にはこの事実上存在する賃貸借のあること並に期限賃料賃料支払の方法等に関する所謂民事訴訟法第六百五十八条第一項第三の記載を遺脱した違法があつて従つて本件競売の公告は法律上の記載要件を欠缺したものなれば延ひて本件競落は到底許さるべきものでない。

而かも本件不動産に就ては目的物件に掲示せる有限会社東和製パンの看板其他により右賃借人が占有賃借しある事実は洵に世上周知の事実なるに不拘本件競売申立人たる債権者会社が本件競売の申立を為すに当り此賃貸借存在の有無或は賃貸借の証明事項に関し裁判所へ賃貸借の有無に付ての取調べの申立手続を為さず漫然競売の申立を為されたるは実に債権者の競売申立手続に不備がある。

第二点本件競売は昭和三十六年六月六日午前十時和歌山地方裁判所執行吏室に於て本件競売を開始執行せられ以つて株式会社興紀相互銀行代表取締役小山芳良が競買して本件競売手続が完結せられたことになつてゐるが同競売に於て右競落人が列席したことなく右競買人会社の某が恰も右会社代表取締役小山芳良の如く振舞い一切の競売手続を終へたるものにして而かも右某はその代理権限を証すべき委任状等の提示も為さず全く無権限者が他人の氏名を冒用して競買したもので右競売手続は無効にして延いて本件競売調書そのものの記載は真実がない。

而かも右代表取締役小山芳良の出席しなかつたこと又代理権限を証すべき委任状の提出のないことは担任執行吏も十分承知せることは周知の事実であつて本件競売手続は違法たるを免れない。

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